磐城平城

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磐城平城について

目次

概要

磐城平城(いわきたいらじょう)は旧陸奥国磐前郡(現:福島県いわき市平)にあった磐城平藩の藩庁の城である。
壕の形が草書体の『龍』の形に似ていた事から別名『龍ヶ城』(りゅうがじょう)とも呼ばれ、天守閣の代わりに本丸の三層櫓を持ったその姿は『磐城名物三階櫓、竜のお堀に浮いて立つ』と詠われ天下の名城を誇っていた。

歴史

もともとこの城は飯野平城と呼ばれていた。
しかし関ヶ原の戦い後、それ以前に飯野平城を治めていた岩城氏が追放され、江戸幕府による支配を受けるようになった後、新しく入城した江戸幕府譜代・鳥居忠政によって治められる事になる。
1602年(慶長7年)に鳥居忠政が入ると都市名を『飯野平』から『磐城平』に改め、磐城平藩が樹立され、磐城平城は1603年(慶長8年)に築城を開始し、12年の歳月をかけて完成した。

また、幕府が鳥居忠政にこの地を支配させたのは伊達政宗が治める仙台藩への牽制目的だったといわれている。

その後、1868年(慶応4年)の戊辰戦争において旧・幕府側についた当時の老中・上坂助太夫は明治政府軍に攻められたため自ら城に火を放ち逃走。 そこで磐城平城の歴史は幕を閉じた。


現在

遺構

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現在の城跡はほとんど当時の面影を残しておらず、遺構は石垣・土塁・水掘などを残すのみとなっている。
しかし一部は丹後沢公園として残っており、この外には岩城氏以来の歴史遺産を展示する龍ヶ城美術館が立地している。
石碑の立つ城跡は、戦後この地の大半が民間の方に売却されてしまったため、柵によって囲まれており立ち入りは出来ない。

また水堀の一部は1897年(明治30年)に常磐線を開通させる際に、一部が埋め立てられている。(撮影日:平成20年9月13日)


城跡の復元

城の復元の話は何度かあったが、資金不足でいずれも実現に至ってはいなかった。

しかし現在“3次元映像で読み解く「磐城平城」”というテーマで「全国生涯学習フェスティバル(福島県主催)」(平成20年10月11日)への参加事業として磐城平城および城下町の3次元CGの作成を民間の企業が行っている。


龍が城美術館

旧磐城平城本丸跡(丹後沢公園内)にあり、毛利輝元の長男・秀就の遺品や、毛利家旧蔵馬寮馬具一具などの、磐城平城に関連する美術品を収蔵展示している。


開館時間 午前10時~午後4時
休館日  毎週月曜日
駐車場  無料駐車場有り(15台)

入館料
大人  200円
子供  150円
(平成20年10月現在)


--08742Shiori Watabe 2008年9月24日 (水) 13:41 (JST)

アクセス

JRいわき駅北口より徒歩で約5分。 →詳しく



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関連項目

平藩
岩城氏

外部リンク

いわき市観光情報
Virtual Harmony


編集後記

写真は実際に城跡を訪ねて撮影しましたが、思った以上に道が分かりづらく目的地にたどり着くのが大変でした。
時間の関係で美術館を見ることができなかったのが残念です。


--08742Shiori Watabe 2008年9月17日 (水) 14:40 (JST)

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