瑠璃山金寿院
提供:いわき百科事典プロジェクト
概要 布施研究室で取り組んでいる「いわき産業・観光ガイドプロジェクト」と連携したシステムで、いわき百科事典プロジェクトを進めています。 下記の情報(ページ)は福島高専の情報基礎科目で、WIKI言語を学習して、【いわき】と【その周辺】についての事柄についてグループ・個人で調べ、百科事典を作成するためのプロジェクトです。 あくまでも情報教育の科目の一貫で行われています。内容面で満足できない部分もあると思いますが、ご了承下さい。 (寮生などが夏休みに帰省し、地元の情報なども調べてくる場合があります。 また、常磐線や磐越東線を利用して市外からの通学生もいます。 いわき市以外の情報の掲載についても、ご理解とご協力をお願いします。) 内容・表現・著作権等に問題がありましたら、 電子メール:mfuse@fukushima-nct.ac.jp 電話:0246-46-0849研究室までご連絡下さい。 また、【学生に取材に来てほしい】などの依頼は、随時伺います。 授業の関係で次年度になったり、取材希望する学生がすぐに現れない場合もありますがご了承ください。
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瑠璃山金寿院の概要
正式名称 真言宗 智山派 瑠璃山金寿院(るりざんこんじゅいん)医王寺
小名浜島にあるお寺。山主 宍戸孝章(ししど こうしょう)住職
上の写真は、瑠璃山金寿院の本堂である。
瑠璃山金寿院の歴史
小名浜住吉の遍照寺の隠居寺として建てられた。 明治17年(1884)2月17日火災により、大本堂が焼失した。その後、今の本堂が建てられた。 歴史がわかるようなものが残されていないため、多くのことが不明である。
薬師堂
薬師堂は本堂の右側にある。薬師堂も本堂同様に、明治の火災により焼失したため、現薬師堂は火災の後に建てられたものである。薬師堂の中には、薬師如来と十二神将が祭られている。傷みが見受けられるが、堂々と立ち並ぶ姿には、迫力を感じとることができる。 また、薬師堂の手前には立派な石碑が建てられている。
右側の石碑には、詠歌が二首刻まれている。
島倉の麓に見ゆる庵こそ、われらが願う長のすみかぞ
意をこめて拝めば験しありつらむ、瑠璃の御山の薬師如来を
島倉山
奥に広がる山が島倉山である。金寿院の正面にある。この島倉山には、室町時代に岩崎三郎隆久が築城した島倉館があった。だが、今から約600年前に岩城氏らの夜襲により落城した。 実際に島倉山に登ることもできる。 また、春には山桜、秋には紅葉を楽しむことができる。
瑠璃山金寿院の行事
瑠璃山金寿院の行事に松明あかしというものがある。これは毎年8月14日に行われる。島倉山の頂上から、松明に火をつけて山のふもとまでくだる。これは島倉館(城)の落城のときに、お姫様や将軍たちが逃げ場を失い、身を投げたり自決したりし、重なり合って果てた。その亡霊を慰め、供養するために行われている。伝統行事であり何百年も前から行われている。
上の写真が松明あかしの様子である。
瑠璃山金寿院の境内
瑠璃山金寿院の境内には、多くの木々や草花が咲いている。 春には、つつじ、桜、さつきが花を咲かせ、6月にはあじさいが、梅雨の長雨の中咲き乱れる。太陽がさんさんとふりそそぐ夏には、さるすべりの木の花やひまわりが見ごろである。秋から冬にかけては島倉山のもみじが真っ赤に葉を染めて紅葉する。
アクセス方法
瑠璃山金寿院の場所
住所・福島県いわき市小名浜島字犬吠32
電話・0246-58-3787
住職・宍戸 孝章
最寄り駅・泉駅 車で約8分
駐車場・瑠璃金寿院の敷地内、2~3台なら駐車可能。
内部リンク
編集後記
実際に何度も足を運んだことで、とても良い写真を撮ることができました。 また、写真は住職さんの許可を得て私が撮ったものです。 今回のいわき百科事典では、自分が伝えたいことをどう表現するか、とても悩みました。言葉一つで伝わり方が変ってきて、言葉を選ぶということをとても慎重に行いました。 お寺というのは奥深く、理解することは簡単ではないと思いますが、少しでも多くの人に興味を持っていただきたいです。また、お盆やお彼岸でお墓参りをする際に、自分の家のお寺にも興味を持ってもらうきっかけになれたらいいなと思います。 --09708Haruka Endo 2009年9月24日 (木) 17:39 (JST)







