浅川の花火

提供:いわき百科事典プロジェクト

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概要 
  布施研究室で取り組んでいる「いわき産業・観光ガイドプロジェクト」と連携したシステムで、いわき百科事典プロジェクトを進めています。
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目次

浅川の花火

浅川町は福島県中通りの南部に位置し、阿武隈山系に囲まれた緑豊かな町です。

人口約7000人の小さな町ですが「浅川の花火」は、約300年の伝統を誇り「花火の里」として有名です。

「浅川の花火(あさかわのはなび)」は、本町・荒町両町青年会(以下両町青年会という)の若者によって伝統や規則を守り代々受け継がれている。

現在は、ふるさと創生事業のひとつとして、花火の継承は町ぐるみで推進することになり、両町青年会主催の花火大会を後援するために「浅川の花火後援会」が組織されている。今年は約2000発の花火が打ち上げられた。

浅川町の「無形民俗文化財」に指定され、また福島民友新聞社の「福島遺産・百選」にも選ばれている。

浅川町出身で、癌研究の先駆者として有名な吉田富三博士(1903~1973)も浅川の花火を楽しんでいた。博士の随筆「花火」に、夏休みで帰省した時に町の青年会の人と一緒になって花火を作り、打ち上げて楽しんだと書かれている。

また、吉田博士は昭和15年頃、花火打ち上げ筒が木製であったため、毎日修理に苦労していたことを知り、鉄製筒を両町青年会へそれぞれ一本ずつ寄贈されている。

内部リンク:いわき小名浜港花火大会 植田町


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   2011年のポスター  (自分で撮影したものです)

伝統

花火の開始時期の記録は、はっきりしていないが、江戸時代中期頃に始まったと言われ、お盆の供養花火として現代まで続いている。

「浅川の花火」は、本町・荒町の居住三代以上の家系の長男にしか伝えない、門外不出の秘伝に基づいて、各家々で手作りの技法をこらし、花火を作っていた。祖先より伝承される手作り花火の秘伝を記した「花火家伝帳」が現在八冊ほど残っている。「家伝帳」には、その家独特の火薬の原料配合が符号で詳しく書かれている。

昭和25年(1950年)に「火薬類取締法」が施行されてからは、一般家庭での火薬などの取り扱いが禁止され、手作り花火を作ることができなくなった。現在は、専門の花火師によって花火を作っているが、今でも名物の「大からくり」だけは、両町青年会で作っている。

「浅川の花火」は、第二次世界大戦(太平洋戦争)末期の火薬の不足していた戦時中でも両町青年会の努力によって打ち上げられてきた。もともと「慰霊の花火」「供養の花火」として受け継がれてきたことを強張して関係当局に働きかけて特別に許可された。




花火の種類


地雷火について

「浅川の花火」には、「地雷火」という他の市町村にはない浅川町だけに見られる独特の花火がある。

「地雷火」は地上で直接破裂させ、半円形(扇形)に花火を散らせる手法で、昭和36年より城山公園の山頂で打ち上げられる。

「地雷火」は、30数発の花火を地面に穴を掘って固定し、導火線で継なぎ、次々と地上で破裂させるもので、他所では、絶対に真似のできない、浅川の名物花火である。

まるで、火山が噴火したかのように火花が降り注ぎ、毎年、花火の最後を飾っている。


11222-7.jpg    地雷火  (自分で撮影したものです)


大からくりについて


「大からくり」は、太い杉丸太を組み合わせたところに青竹を結び、もめん綿を取り付けたところに硫黄をかけ、図柄や文字が火を付けると浮き出る仕掛け花火である。これは今でも両町青年会で手作りしている。

現在、「大からくり」は一基のみとなってしまったが、かつては、本町・荒町と分かれて二基作り、競い合っていた。

花火大会当日の夕方に、「大からくり」を担ぎながら勇壮な掛け声で町内を練り歩き、打ち上げ現場まで運ぶ伝統を守っている。


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  大からくり  (自分で撮影したものです)


     

浅川の滝


約150メートルにわたって火の粉が流れ落ちる仕掛け花火で、名物花火の一つである。


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       (自分で撮影しました)


スターマイン

連続に打ち上げられ、色とりどりの花火が重なり合う華やかな花火で、町内外の企業や各家庭からの寄付により上げられる。


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スターマイン  (自分で撮影したものです)


外部リンクスターマイン1 スターマイン2

打ち上げ花火

花火の大きさは、花火玉の直径で現されている。例えば、5号(五寸玉)、7号(7寸玉)、尺玉という。

「浅川の花火」で上げられるのは、4号・5号・7号・尺玉・2尺玉である。

尺玉は地上から約400メートル、2尺玉は約500メートルまで上がる。やはり、企業の寄付や故人の親族が新盆や3回忌などの供養の花火として上げられる。


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   尺玉  (自分で撮影したものです)

外部リンク打ち上げ花火

今年の花火のテーマ

「浅川の花火」は、古くから慰霊、供養の花火として始まったので、毎年旧盆の8月16日に行われている。そのため、年ごとのテーマなどは特に決めていないが、今年は震災で被災された方々の慰霊花火として「東日本大震災慰霊大花火」が打ち上げられた。黙祷の後に尺玉30発、尺五寸玉1発の計31連発を打ち上げ犠牲者を追悼した。


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    尺玉(自分で撮影したものです)

日程

日時   8月16日 午後7時~

打上場所 社川

観観覧場 浅川町民グラウンド等

駐車場  有り(無料)

       公民館・役場・浅川小・浅川中など

地図


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アクセス方法

      JR利用の場合

      いわき駅(磐越東線・約1時間30分)→郡山駅(水郡線・約1時間)→磐城浅川駅

      自動車利用の場合

      県道14号線(いわき石川線)→石川町を経由、国道118号線→浅川町(約1時間30分)


参考文献

「浅川の歴史」-第九章浅川の花火-

「浅川町文化財」

「浅川の花火パンフレット」

「福島民友新聞」記事


編集後記

毎年のように見てきた浅川の花火大会を今回、資料などを使ったり役場の方に取材させていただき、改めて花火の歴史を知ることができ良かったと思います。

何百年もの長い間花火大会を続けるには、大変な苦労があったことが分かりました。

これからも、この伝統を続けていってほしいと思いました。

それから、花火を撮影するのは、思った以上に難しくタイミングを合わせるのに苦労しました。

最後にたくさんの人に浅川の花火を見に来てほしいと思います。


--11222 yusei sudo 2011年9月26日 (月) 12:49 (JST)

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